人々の歴史を「冷やす」という特性を活かして
彩ってきた「氷」を「食」という観点の面から見つめてみる。
"氷を活かす" ~氷と食の歴史~

はじめに
冷たく・透きとおり、刻一刻と形態を変える氷は、儚く・美しい。冬には季節を彩り、夏には文化を作る。様々な形で利用される氷には長い歴史がある。人類は氷に翻弄され、氷を利用しその不思議な魅力を手に入れるため様々な技術開発に取り組んできた。暖かさを好む人類にはむしろやっかいな氷雪を利用するため「氷を活かす」知恵と技術を生み出してきた人と氷の歴史について「食」と関連付けて説明する。

①歴史の始まり
地球上に氷雪が登場したのは、今から2万年前にあった氷河期である。表1に氷の歴史を簡単にまとめた。氷雪を生活に活かす試みは紀元前から始まった。ギリシャ・ローマ、そして中国では、早々と食品保存への利用やそれ自体を食すという文化が存在した。シルクロードを通して積極的に情報交換がなされた大国とは別に、4世紀頃には日本でも氷を利用し、活かす文化が始まったと言われている。

  世界における氷の歴史 日本における氷の歴史
2万年前  寒冷化した氷河期  
紀元前 ギリシャ・ローマ時代
雪を利用した食品保存
甘味を付けた氷・雪が食される
 
4世紀頃    自然の冷蔵庫「氷室」
6世紀頃 シャーベット誕生(イタリア) 日本における冷菓の歴史
シャーベットがイタリアから
フランスへ伝わる
「削り氷」を食す
16世紀頃 冷凍・冷却の新しい技術の誕  
17世紀頃 世界初のアイスクリーム誕生:パリ
アイスマン(氷の販売業者)登場
 
19世紀頃 西欧で機械製氷の技術
アンモニアガス圧縮式の冷凍法による工場生産開始アメリカで発達したアイスクリームが誕生
中川嘉兵衛により
製氷事業開始アメリカ使節団「アイスクリン」を食す

②食品保存法として活かす
氷河期の後退によって地球が暖かい星に生まれ変わったのと同時に、人は氷雪の冷たさを利用し始めた。雪や氷さえあれば食品を冷やすことは造作もないことであるが、その始まりは宗教的儀式への利用から始まっていると言われている。しかし、照りつける太陽の下、人が涼を求める様に、氷雪の冷たさを生活に利用したいと考えるのは当然のことだろう。山岳地帯や氷河の近くに住む人々が、比較的手に入りやすかった氷雪を夏にも利用するだけでなく、紀元前より、それを積極的に利用するシステムは存在した。例えば紀元前後頃に中国の中原王朝の支配下で屯田がおこなわれたクリム盆地の南縁のオアシスで、冬場の氷が氷室で保存され夏にも利用されていたと言われている。またアレキサンダー大王はペルシャ遠征(紀元前330年)時に、大きな穴を掘って雪を詰め込みその中にぶどう酒を貯蔵したことも知られている。

参考文献
田口哲也:「氷の文化史(人と氷とのふれあいの歴史)」,冷凍食品新聞社
日本アイスクリーム協会HP:http://www.icecream.or.jp/data/02/history01.html
Ice history: http://frozen61.tripod.com/id5.html

天然氷しかなかった時代、氷は大変貴重なものであり、誰もが利用できるものではなかった。これを比較的手に入れやすくしたのがアイスマンである。天然氷を切り出す人や氷の販売業者のことをアイスマンといい、19世紀初めには氷が石炭や、鉄、絹や、香料などと同じく世界で使われる商品として登場した。世界で初めて天然氷の採氷、蔵氷、販売事業を起こしたフレデリック・チュドールは、当時、西インド諸島のジャマイカ島やマルチニーク島で起こっていた黄熱病治療の一環として氷の輸出を始めたと言われている。この頃、日本でも西欧で開発された機械製氷の技術が輸入され、中川嘉兵衛により製氷事業が開始された。安い氷が大量に出回ると、氷はすぐに大衆利用できるものとなった。

③食品として活かす
惣菜などの冷凍食品の歴史と比較して、氷そのものを食する氷菓の歴史は長い。紀元前よりギリシャ・ローマ・中国で甘味をつけた氷は健康食品として重宝されていた。ジュリアス・シーザーは、夏に手に入りにくい、高価な氷菓を好んで食べていたとされている。食品としての氷は、今も昔も変わらず、人類を魅了していたことがわかる。
アイスクリームが誕生した歴史には諸説あるが、それがイタリアで発展し、「ソルベット」(シャーベットのイタリア語)となったという説は事実らしい。6世紀頃には、アイスクリームの歴史に大きなエポックが訪れ、その後の著しい発展のきっかけになったと言われている。それは、冷凍技術の発明とカトリーヌ・ド・メディチとフランス王アンリ2世の婚礼と言われている。これを切掛けとしてイタリアで食べられていたアイスクリームが、フランスへ伝わり、さらにヨーロッパ各地にも広がった。その後、イタリアで水に硝石を入れその溶解の吸熱作用で水の温度が下がることが発見され、天然氷からではなく、飲み物を凍結させることに成功した。現在もイタリアのジェラートが有名であるが、その背景には氷を活かすための知恵を獲得したという歴史的な要因があったと言える。
日本でも4世紀頃には、「削り氷」なる甘い氷を貴族たちが好んで食べていたと言われている。アイスクリームの伝搬は遅く、万延元年にアメリカを通して伝えられた。日本人が初めてアイスクリームを食した時の様子は「柳川日記」書かれている。削り氷を食して満足していた日本人にとって、見たこともない美味な菓子「アイスクリーム」に驚歎したことは容易に想像できる。その後、大正9年には日本でもアイスクリームの工業生産がスタートし、食品保存法の発展と共に、いつでもどこでも食べられる菓子となった。

④終わりに
「物を冷やす」。現在、当たり前とされる技術の出発点は、人が天然にあった氷を利用するというアイデアを思いついたことにあった。食品冷凍学の基礎も「冷やす」、すなわち化学反応速度を抑制することにある。歴史を紐解くことで、この基本的現象が遥か昔から経験的に利用されていたことが見えてきただろう。主に食へ利用されてきた氷は、その始まりが宗教的儀式への利用であったのと同様に、現在、「冷房装置」への応用や都市計画への利用にまで発展した。その特性をより深く把握することで、氷を活かした技術は無限に提案され、その歴史はさらに深まっていくだろう。