カニのお話

チチュウカイミドリガニ Mediterranean green crab, Carcinus aestuarii

ノコギリガザミ mud crab, Scylla spp.

チチュウカイミドリガニの日本への侵入と繁殖(Invasion and growth of the Mediterranean green crab, Carcinus aestuarii, population in Tokyo Bay)

 近年,多くの外来種が日本に侵入し定着を果たしている。短尾類では侵入記録があるものは一例報告があるイチョウガニ科のアメリカイチョウガニ(ダンジネスクラブ) Cancer magister、ときどき報告があるワタリガニ科のブルークラブCallinectes sapidus、すでに定着しているクモガニ科のイッカククモガニPyromia tuberculata がよく知られているが、チチュウカイミドリガニCarcinus aestuarii (=mediterraneus )もごく最近日本に定着した種の一つである。チチュウカイミドリガニはミドリガニ Carcinus maenus に比較してやや小さい種でミドリガニと同様に世界中に分布を広げつつある。

チチュウカイミドリガニは日本に侵入して東京湾では確固たる個体群を形成し繁殖を繰り返し、相当数が生息している。前回の報告(渡邊、1995)の後、チチュウカイミドリガニはその分布域をさらに広げつつあり、2002年には、各地(吉野川河口、伊勢湾、浜名湖など)から発見の報告がなされている。

 チチュウカイミドリガニの捕獲記録は1984年に東京湾での採集が最初であり、それ以後しばらくの間は採集されなかった。1990年にはしばしば採集されるようになり、1994年には多くの個体が容易に採集できるようになった。個体群の定着とそれ以降の成長がロジスティック式(logistic equation)、に従うようであればいずれ飽和密度に達する(それ以降、一般的には個体数は個体群の内的あるいは外的要因によって、ある密度の範囲で振動することになろう)。また、移動や幼生の拡散によって近接の水域に分布を広げていくであろう。各々の水域で繁殖条件がそろえば、東京湾で観察されたような個体数の増加が見られるだろう。大阪湾や洞海湾での今後の調査が望まれる。隣接しない地域への分布の拡大の原因はいろいろあろうが想像の域を出ず確たる証拠はそろっていない。侵入に成功して定着した個体群はその属する群集の構成員となり、群集の中でその種の特性にあった役割を果たすことになる。近縁種のミドリガニは1989-1990年に太平洋に分布を広げカリフォルニアに定着し、繁殖力が強いうえにさまざまな生物を餌としていて、捕食ー被捕食関係を通して在来種の生物群集に変化を与えるのではないかと心配されている。また、東京湾奥の東京水産大学隣接の運河で1994年以降調査を進めているが、産卵,抱卵期は冬であること、交尾前ガードを行っている個体は5月から7月にかけてよく観察され、雌の脱皮直後に交尾となることなどが明らかになっている。ただし飼育していると夏以降も交尾行動が見られる。野外ではどうなっているかはまだ明らかではない。外来種の定着機構は明確には判っていないがチチュウカイミドリガニでは近縁種のミドリガニと同じく、交尾に際して雄が雌をガードすることにより脱皮直後の雌の生残率を高めひいては繁殖の成功を確実にすることで適応度を高め、新天地の群集への侵入が容易であると考えられる。原産地での生態と侵略地での生態を比較検討して侵略が可能となる条件と過程を明確にすることが今後の課題となろう。


じっと見つめてみましょう --- 空間に浮かぶかに


インドネシアにおけるノコギリガザミ漁の漁具と漁法(The fishing gears and methods of the mud crab in Indonesia)

ノコギリガザミScylla spp.はワタリガニ科(Portunidae)に属し,ハワイ,日本,東南アジア,ニュージーランド,オーストラリア,インド,マダガスカル島,アフリカ東岸,南岸に広く分布している(Sakai, 1986; Cowan, 1984)。ノコギリガザミはmud crabあるいはmangrove crabといわれるようにマングローブ域や河口域に形成される泥底の汽水域を生息場所とする。ノコギリガザミは東南アジアをはじめ多くの国々で漁獲されている大きな経済価値を持つ重要な水産資源である。インドネシアにおいても重要な水産資源としてカリマンタン(ボルネオ),スマトラ,ジャワ,イリアンジャヤ(ニューギニア)など多くの地域で漁獲され,また研究も進んでいる(Kasri, 1991; Soim, 1995)。

ノコギリガザミの分類については,Estampador(1949)がフィリピン産の標本をもとに甲殻やハサミの色彩,前額突起,生息場所などの違いからS. serrataS. serrata var. paramamosainS. oceanicaS. tranquebaricaの3種1亜種に区別した。Serene(1952)はEstampadorと同様の見解を示したがStephenson and Campbell(1960)はオーストラリア産の標本について検討した結果S. serrata一種のみに統一した。このようにノコギリガザミの分類はいまだ混乱している(伏屋・渡邊,1995)が,ノコギリガザミの遺伝的特性,形態の特徴からみてScylla属は三つのタイプに分けることができる(Fuseya and Watanabe, 1996)。最近では、Keenan ら(1998)が,S. serrataS. tranquebaricaS. paramamosainS. olivaceaの4種に分類している。Keenanらの分類とEstampadorの分類は種名が交錯していて混乱が見られる。

Scylla olivacea, Scylla serrata

Scylla paramamosain, Scylla tarnquebarica

ノコギリガザミはマングローブ域や河口域などの汽水域に生息するため,マングローブ林の間の入り組んだクリークや土手沿いに発達する泥底などのごく浅い水域の特性に対応したさまざまな漁具,漁法で漁獲されている。

ここでは,インドネシアにおけるノコギリガザミ漁の漁具と漁法を紹介し,ノコギリガザミの資源の現状とその維持について述べる。

素手漁法(Hand fishing: Ditangkap dengan menggunakan tangan):これはもっともシンプルな漁法で,カニの穴に直接手を突っ込んで素手でカニをつかみ出す方法である。ノコギリガザミは強大なはさみを持っているので大変危険な方法である。ハサミの破壊力はプラスチック製のボールペンを瞬時にして粉々に砕くほどすさまじい。それ故,注意しなければ怪我をすることになる。

鈎棒漁法(Hook stick fishing: Dengan menggunakan galah berpancing):これもシンプルな漁法で,針金の鈎をつけた竹製の棒をノコギリガザミの穴に差し込み鈎に引っかけてカニを引きずり出す漁法でKarawang,Surabayaなどで行われている。

カンテラ漁法(Lantern or flashlight fishing: Oncor):この漁法は夜間にライト(ふつうの懐中電灯やカンテラ)を手に持ちマングローブ域や河口域,あるいは養殖池の周りを照らして歩きノコギリガザミを発見したら手網ですくい取るか,鈎のついた竿で押さえて漁獲する。このためノコギリガザミがよく見える浅い場所でしか漁獲することはできない。

釣り漁法(Rod fishing: Pancing):釣竿と餌およびを手網を用いる漁法である。Karawangでは竹を縦に割って細く削った120cmぐらいの長さの竿に150cmほどの糸をつけ,その先端に針金で輪を取り付け,その輪に餌をつける簡単な漁具が使われている。針金の輪にはベンケイガニ類(Neoepisesarma など)の死骸を1尾づつ餌としてつける。針金の輪の一端がはずれるようになっており,カニの片方の側部からもう一方の側部へと貫通するように針金を通し,輪を閉じる。餌とするカニが十分にないときにはカニの脚も利用し数本を串刺しにして使用する。20本ぐらいの竿を用意し,土手に沿って10-20m間隔で仕掛けを投入する。竿の手元は土手につき刺さりやすいように尖らせてある。これらの竿を順番にみて回り竿先が揺れていればゆっくりと竿を上げ餌にとりついているノコギリガザミを手網ですくい取る。

篭漁法(Trap: Wadong):中部ジャワのインド洋側のCilacapにあるSegara AnakanラグーンやBali島など多くの地域で竹製の篭を用いてノコギリガザミを漁獲している(渡邊、Sulistiono、1993)。竹を縦に平たく削ったものを間隔をあけ並べ樽状あるいは円筒状にし,両端にカエシをつける。篭の中に餌をいれて小舟に20-30個積み込みマングローブ域や河口域に設置する。一晩放置し,ノコギリガザミが餌に引き寄せられ篭に入ったところを次の朝に引き上げる。

トラップ漁法(Trap: Pintur):縦に割って削った竹で直径50cmほどの円形の枠を作りそこに網地を張った漁具を用いて行い,CilacapのSegara Anakanラグーンをはじめ各地で行われている漁法である。漁具を沈めるための金属の重し(鉄製)と,カニを引き寄せる餌をとりつける。ノコギリガザミが餌に寄った頃合を見計らって漁具を引き上げる。このリフトネットを用いればやや深いところでも漁獲を行うことが可能である。

トラップ漁法(Trap: Dakkang):Pinturと同じような漁法で,竹で円形の枠を作り網地を張り,これに垂直に棒を立てた漁具を用いる。網地の中には餌を仕掛け棒を水底に突き刺し,しばらく放置し餌に誘引されて集まったノコギリガザミを捕獲する。

さで網漁法(Lift net: Anco):十字に組んだ竹の棒に四角の網を取り付け,四隅に竹のブームをつけて一点でまとめ長い竹竿で上げ下げする漁具で,魚類やエビをおもにねらうがノコギリガザミも混獲される。網をしばらく水中に浸けておき魚やエビが入った頃合をみて引き上げる。多くの地方で行われている。

刺網漁法(Crab gillnet: Jaring Kepiting):ナイロンモノフィラメント製の網地で目合いが15cm,立ちが1.5mぐらいの刺網を使用してノコギリガザミを漁獲する。CilacapのSegara Anakanラグーンにおいては刺網は25mぐらいで1ユニットになっており,通常4ユニットの網をつなげ,底から立ち上がるように網を設置しノコギリガザミを漁獲する(Arimoto et al. 1994)。

刺網(3枚網)漁法(Triple-walled trammel net: Jaring):ナイロンモノフィラメント製の網地を3枚合わせた網を使用し,おもにクルマエビ類や魚類を漁獲する。CilacapのSegara Anakanラグーンにおいては網の外側の目合いが14cm内側の目合いが4cm,立ちが1.5mぐらいの刺網である(Arimoto et al. 1994)。この漁法によってノコギリガザミも混獲される。

漁獲されたノコギリガザミは互いに傷つけることのないように鉗脚と歩脚をさご椰子の繊維で縛られ,地域ごとにある集積所に集められ買い取られ出荷される。漁獲物の一部は竹製のケージに入れられ蓄養された後出荷される。

ノコギリガザミはこのようにさまざまな漁法で漁獲されているが,その資源量の評価は十分に行われているとはいいがたい(Sulistiono et al.、1994)。遺伝学的には少なくとも3つのタイプが存在するので,これらを別々に管理する必要があり,タイプごとの資源調査が求められてよう。ノコギリガザミの成長はかなり速いが過度の漁獲を行えば資源が枯渇する可能性がある。また,ノコギリガザミは沿岸のごく限られた環境で生活していることから,このような環境の維持はこの漁業を維持するうえで最も重要な要因であり,環境が破壊されたならばノコギリガザミそのものの消失へつながるであろう。

かにの工芸品(Arts and crafts of crabs)

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