日本では多種多様の水産物を多く消費することを反映しているためか、魚貝類を原因とする食物アレルギーに悩まされている患者さんが多く、それらの原因物質(アレルゲン)に関する研究は、食品衛生上の重要なテーマのひとつです。
・アレルギーを誘発することが知られている食物の中には、加工食品のパッケージにそれらが含まれていることの表示が義務付けられているものや推奨されているものもあります。これらの中で、サケ類は表示が推奨されていますが、現在のところ陸封型のサケ類は推奨表示の対象から除外されています。果たしてこのままでいいのでしょうか? この件に関連して、定期的にニジマスのパルブアルブミンについて定量的および免疫学的な解析を行っています。
・たとえば何種かのタイ科の魚類では、分子量が若干異なるパルブアルブミンのアイソフォームが含まれています。これらは相互にアレルゲン性が異なっていることがわかっています。これらの差異は何に因るのかを明らかにするために、アミノ酸配列をはじめ、詳しく諸性状を比較しています。
・甲殻類アレルギー患者のIgEが、甲殻類だけではなく軟体動物にも交差反応性を示すことはよくあることですが、その他の無脊椎動物に対する交差性に関する検討は、食品の安全性のみならず比較生化学の上でも興味のもたれるところです。食用とされているものを中心に、各種無脊椎動物のトロポミオシンのうち甲殻類や軟体動物のトロポミオシンとIgEの交差反応性が認められたものを優先に、アミノ酸の全配列を明らかにしつつ検討しています。
・海外の研究者らによってIgE結合部位が報告されていますが、我々の手持ちの患者さんには必ずしも適用できません。また、甲殻類トロポミオシンを認識する患者さんのIgEが、軟体動物のトロポミオシンにも反応交差性をもつ場合があります。では、両者のアミノ酸配列の相同性の高い箇所がIgE結合部位なのでしょうか。今のところは明確な説明がつけられませんので、患者数を増やして精査する必要があります。
・近年、我々によって、新規アレルゲンとしてクルマエビ科のブラックタイガーの筋肉から上記のタンパク質がアレルゲンとして同定されました。他の科のエビやカニなど、広く甲殻類にもアミノ酸配列の相同性が高いSCPは存在しますが、患者さんのIgEとの反応性はクルマエビ科のエビのSCPに比べると極度に弱いか、あるいはほとんどありません。その理由は何なのかをはじめとして、生物種を広げたSCPの網羅的なアミノ酸配列の解析や、エビ類のSCP免疫学的諸性状の解明に取り組んでいます。
・こちらも近年、我々によってアワビの筋肉から新規アレルゲンとして同定されました。パラミオシンの免疫学的および物理学的諸性状や、他種の軟体動物をはじめとするパラミオシンの交差反応性など、アレルゲンという視点からはパラミオシンにはまだわかっていないことがあるので、枝葉を伸ばしてデーターを集積する必要があります。
・あまり知られていないことですが、アニサキスに対するIgEを保有している人は、決して少なくありません。アニサキスのアレルゲンは10種以上知られていますが、本研究室ではアニサキスから初めて同定されたものを含め、複数のアレルゲンの全一次構造解明、および性状解明などを行ってきました。アニサキスのアレルゲンは患者さんによってその数や種類が異なりますが、食の安全・安心だけではなく医療の見地からも、アレルゲンの一括検出・同定システムの確立と、各アレルゲンの諸性状解明は重要な課題です。また、最近になって判明したアニサキスの亜種や近縁種のシュードテラノーバについても、各アレルゲンについて比較しながら調べていく必要があります。
・本研究室では、いくつかの医療機関から魚貝類やアニサキスアレルギーと考えられる患者さんや、確定診断された患者さんの血清について、アレルゲン解析を不定期に依頼されます。これらを検査すると、既知のものとは異なるタンパク質がアレルゲンになっているだろうという結果も出ます。それらの正体を突き止めるためには、まずターゲットとなるタンパク質の精製、同定に努めなければなりません。スルメイカとかある魚類に、検討の余地が残されています。
・低アレルゲン化食品をつくりだすにはアレルゲンの除去が必須ですが、たとえば筋原線維タンパク質であるトロポミオシンだけを原料から除去するのは至難の業です。また、トロポミオシンはいくつかのプロテアーゼに対し、ある程度の耐性があります。しかも、トロポミオシン以外のアレルゲンについては、低アレルゲン化という視点からの検討がなされていないのが現状です。各種アレルゲンのプロテアーゼ耐性など、基礎的なデーターをまず集めて、低アレルゲン化食品開発の戦略を練ります。