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Abstracts list of Research

学習実験によるブルーギルの視力判定 Apr.93. Meeting of the Japanese Society of Fisheries Science
ブルーギルの最小視認閾値と分離閾値 Apr.94. Meeting of the Japanese Society of Fisheries Science
マダイの視精度に関する基礎的検討 Apr.95. Meeting of the Japanese Society of Fisheries Science
網膜構造と水晶体移動方向から求めたマダイの視軸 Apr.96. Meeting of the Japanese Society of Fisheries Science
行動実験から求めたマダイの視軸 Apr.97. Meeting of the Japanese Society of Fisheries Science
Behavioral analysis of feeding experiment on visual axis of red sea bream Pagrus major Apr.98. Published of Japanese Society of Fisheries Science
Developmental Changes in the Visual Acuity of Red Sea Bream Pagrus major Apr.99. Published of Japanese Society of Fisheries Science
魚類の視覚機能と釣り漁法への応用に関する研究 東京水産大学1999年度博士論文要旨
 

学習実験によるブルーギルの視力判定

塩原 泰・有元 貴文(Tokyo University of Fisheries.)

【目的】魚類の視力に関して,これまで条件反射手法等の行動学的研究と,錐体あるいは神経節細胞の密度から視精度を求める組織生理学的研究など多くの成果が得られている。本研究ではブルーギル Lepomis macrochirus の点に対する視力,すなわち黒丸の存在を視認する閾値(最小視認閾値)を求める実験を実施した。この他にターゲットとしてランドルト環を用いた最小分離閾値に関する実験,並びに大小二つの球を用いて視角の大きさによる大小弁別に関する実験を行った。
【方法】実験にはアクリル製水槽(90×45×45cm)を用い,これを70cmの判定区域と20cmの飼育区域に仕切った。仕切り部分は白色アクリル板と中央にゲートを設けた透明アクリル板の2枚からなり,水深は30cmとした。実験には体長約16cmのブルーギルを用いた。判定区域は仕切板で左右に分け,2ヶ所の給餌場所を設けた。その一方に直径10mmの黒丸をターゲットとして提示し,この区画に入ったものを正解とした。ターゲット提示の位置をランダムに変え,ターゲットの前へ来たとき給餌するという方法で学習実験を行った。実験は1日5回の試行を行い,摂餌開始までの時間と正解率の変化を調べた。視力判定実験はターゲットサイズを6,3,2.5,2.3,2,1.5mmと変化させ,1日10回の試行結果の正解率から視力を求めた。
【結果】学習実験の経過として,正解摂餌開始時間は実験を開始してから111日以後30秒以下に安定した。正解率は107日以後60-80%を記録し,114日目には100%になり,この時点で学習実験を終了し判定実験へ移った。視力判定実験の結果はターゲットが2mmの時に正解率が40%となり,2.3-2mmの間で判別できなくなった。ターゲットまでの距離(L)を60cm,ターゲット視認閾値(φ)を2.3-2mmとすると,ブルーギルの視力(VA)は0.08-0.09となる。


 ブルーギルの最小視認閾値と分離閾値
 

塩原 泰・有元 貴文・秋山 清二(東水大)・張 秀梅(富山大)
【目的】前報で、ブルーギルLepomis macrochirusの最小視認閾値に関する学習実験を全長16.0cmの個体について行い、視力として 0.08 という結果を得た。本報告では学習ターゲットにランドルト環を用い、最小分離閾値による視力の測定を行った。さらに、組織生理学的手法により網膜上の視細胞密度から最小分離閾値による視精度を求めた。本報告と前報の結果から、最小視認閾値と最小分離閾値の比較、および組織学的手法と行動学的手法の比較を行った。
【方法】実験 1 では、学習法により最小分離閾値から視力を求めた。ターゲットは、正図形として隙間を上に向けたランドルト環を、負図形として隙間を下に向けたランドルト環を用いた。負図形回避の学習が完了した時点で、負図形回避距離とそのときのランドルト環の大きさから視力を算出した。実験 2 では組織生理学的手法により、最小分離閾値による視力を求めた。すなわち体長の異なる17尾から眼球を採取し、網膜組織切片の検鏡を行って錐体密度を求め、田村の計算式により視力を算出した。
【結果】実験 1 で全長 9.1 cmの実験魚は直径 1.5 cm のランドルト環を距離 34.8 cmで回避した。この結果、行動判定から求められた視力は 0.03 と算出された。また実験 2 で全長8.2 cmから15.6 cmまでの実験魚について、組織学的に求めた視力は0.05から0.09となり、成長にともなって視力は向上することが認められた。前報の最小視認閾値と今回の最小分離閾値を比較すると、物体の存在を認めることができる距離は、詳しく識別できる距離の約 1.4 倍という結果を得た。また、網膜組織より求めた生理的最大値はこれよりさらに高く 1.6 倍となった。


 マダイの視精度に関する基礎的検討

塩原 泰・秋山清二・有元貴文(東水大)・張 秀梅(水工研)

【目的】魚類の視精度に関して,これまで条件反射手法等の行動学的研究と,錐体あるいは神経節細胞の密度から網膜の分解能を求める組織学的研究など多くの報告がなされている。演者らはこれまでブルーギルを用い,両研究手法間の比較を行った。本研究ではマダイ  Pagrus major の成長にともなう視精度の変化について検討するため,網膜の分解能を組織生理学的手法により求めた。
【方法】実験には体長 23-117 mm のマダイ 24 尾を用いた。眼球を採取してブアン液で固定した後,レンズの直径を測定した。体長 23-42 mm までの 5 個体については網膜を上下前後に 4 分割し,常法により組織切片を作成した。体長 47-117 mm の 19 個体は,網膜の上後部のみを切り取り,組織切片を作成した。これらを検鏡して単位面積当たりの錐体密度を求め,網膜分解能を算出した。
【結果】体長 33 mm のマダイの網膜の錐体密度(cones/0.01mm2)は,上前部 344,上後部 675,下前部 277,下後部 486 であり,この成長段階での錐体最濃密部は上後部であることが確認された。これにより視軸は前下方に向くものと推定された。また本研究の体長の範囲内では,レンズ直径は直線的に増大していた。一方,0.01 mm2 当たりの錐体密度は,体長 23-60 mm で 742-306 までほぼ直線的に減少し,その後,安定した。錐体密度とレンズ直径の値から算出した網膜分解能と体長には高い正の相関があり,本研究の体長の範囲内ではマダイの網膜分解能は直線的に増大し、視力に換算して,体長 23 mm で 0.05,体長 117 mm で 0.13 の結果が得られた。以上から,マダイの網膜分解能の体成長による向上は,体長 60 mm 以降では,レンズ直径の増大にともなう焦点距離の増大に起因する事が明らかとなった。


網膜構造と水晶体移動方向から求めたマダイの視軸 

塩原 泰・秋山清二・有元貴文(東水大)

【目的】魚類の網膜には錐体および神経節細胞が高密度に分布する部位が認められ,水晶体の移動による遠近調節もこの部位に向かってなされるケースが多い。この方向は視軸と呼ばれ,魚類の採餌行動や生態を反映するものと考えられる。本研究では,錐体と神経節細胞の密度分布および水晶体の移動方向から,マダイの視軸について検討した。
【方法】錐体密度の測定には体長24.5cmのマダイの右眼球を用いた。ブアン液により固定した網膜の23部位を直径約2.5mmの円状に切り取り,パラフィン包埋法で厚さ4μmの横断組織切片を作成し,H.E.染色を施した。これを検鏡し,0.01mm2当たりの錐体数を計数して密度分布図を作成した。神経節細胞密度の測定は体長10.8cmのマダイの右眼球を用いた。ホルマリンで固定した後に網膜全体を剥離し,スライドグラス上で伸展した後,クレジルバイオレットで染色した。網膜上の13部位について検鏡を行い,0.01mm2当たりの神経節細胞数を計数して密度度分布図とした。水晶体の移動方向の測定には体長21.5-23.2cmのマダイ9尾を用いた。生体から摘出した眼球に50Hz,5-10Vの電気刺激を与え,水晶体の移動をビデオカメラで撮影した。これにより,水晶体の移動方向および移動距離を測定した。
【結果】錐体の最濃密部は網膜の上後部にあり,その密度は294cell/0.01mm2であった。また,網膜の中心から最濃密部に向かって引いた直線の体軸に対する角度は47°であった。神経節細胞の最濃密部も同様に上後部にあり,その密度は246cells/0.01mm2,角度は29°であった。水晶体の最大移動距離は0.662mmであり,前下方から上後方へ移動した。このときの体軸に対する角度は33°であった。以上の3通りの方法で求めた結果には数値にやや差異があるものの,いずれからもマダイの視軸が前下方にあることが認められた。


 行動実験から求めたマダイの視軸

塩原 泰・秋山清二・有元貴文(東水大)

【目的】マダイの視覚機能を検討する目的で、これまで網膜の組織構造および水晶体の移動方向を調べ,マダイの視軸は前下方にあることを報告した。視軸は摂餌生態を反映するとされているが,本研究ではこれを確認するため,同距離のさまざまな方向に提示された餌に対するマダイの摂餌行動を観察し,生理学的に求めた視軸との関係を検討した。
【方法】実験水槽(90×45×45cm)を70cmの実験区画と20cmの飼育区画に仕切り、仕切り板の中央に10×2cmの通過口をもつゲートを設けた。ゲートの実験区画側にに直径40cmの透明アクリル半球を設置し、体長8.5cmのマダイ1尾についてゲートを抜けて摂餌するよう学習した。摂餌場所は半球の中心を0度として、上、右上、右、右下、下、左下、左、左上の8方位線上に22.5度間隔で設置した。摂餌場所のいずれか1カ所に餌を設置し、ゲートを開放した後、実験魚がゲートを通過してから餌をついばむまでの時間を測定した。摂餌場所の提示順序はランダムとし、1試行で全摂餌場所を1回ずつ測定した。試行は1日当たり1回行い,合計で10回の結果をもとに検討を行った。
【結果】すべての試行において平均摂餌時間の短かった上位3カ所の摂餌場所は、左22.5度、右45度、および正面0度であった。この結果から、行動実験におけるマダイの視軸は水平方向に広がりをもった正面であり、生理学的手法により求めた視軸が前下方であった結果とは異なった。しかし、設定した各8方位について検定を行ったところ、右下、左下において有意に短時間で摂餌する傾向が認められた。このことより、行動実験によって求めた視軸は必ずしも前下方ではなく、左右に偏っていることが示された。魚類の視軸を論じるとき、生理学的手法による結果のみならず、実際の行動を考慮に入れた考察が必要であることが認められた。


 Behavioral analysis of feeding experiment on visual axis of red sea bream Pagrus major

Yasushi Shiobara and Takafumi Arimoto

Visual axis of red sea bream Pagrus major was analyzed from the laboratory experiment on the feeding behavior in the dome-shaped tank. Feeding time was measured for the food presented at random on the inside wall of the dome, for 33 different directions of equal distance from the starting gate. The fish was observed to approach the food directly toward the front area of 22.5゜concentric circle from the center of the dome, which cover the binocular field of red sea bream. This direct approach was also observed in the area of right/left downward in angles of 67.5゜, which fit to the previous results on the visual axis of down-forward direction estimated through the retinal morphology. While, at the downward area below the snout, the visual detection of the food could be delayed and not with the direct approach. This confirms the blind area of red sea bream due to the inclined angle of both eyes against the body axis.


 Developmental Changes in the Visual Acuity of Red Sea Bream Pagrus major

Yasushi Shiobara, Seiji Akiyama, and Takafumi Arimoto

Developmental changes in the visual acuity of red sea bream were investigated by histological examination of the retina for 61 individuals from juvenile to adult stage (BL 23 ・609 mm). The highest cone density could be located in the dorso-temporal area of the retina. The visual acuity depends both on the eye lens diameter and the cone density on the retina. The previous study reported that the minimum separable angle is obviously greater than the resolving power of the lens. The lens diameter increased from 1.3 mm to 11.8 mm proportionally with the growth of body length. The cone density was found to fit in an exponentially declining curve, where it steeply decreases in the range of 23-100 mm BL and becomes a gentle slope to be around 200 -400 cells/0.01mm2 for samples over 100 mm BL. According to the results, the visual acuity was increased with growth; from 0.05 for 23 mm BL to 0.28 for 504 mm BL specimen. The improvement of acuity can be attributed increase of the lens focal length rather than of the cone density. The visual acuity (V.A.) was shown to fit to the allometric function of the body length (BL) as follows,
V.A. = 0.00711BL0.588  (r 2= 0.964)


魚類の視覚機能と釣り漁法への応用に関する研究

さまざまな漁具の漁獲過程の中で、視覚機能に基づいた漁具の認知と反応に関する知見が重要であることは田村(1957)、Baxter(1967)らにより説明されてきた。実際に魚類の視覚機能に関する研究の成果を漁業に応用しようとする試みとしては、ゴマサバを対象とした釣り漁法(川村,1979)や、カタクチイワシ、サンマ、マイワシを対象とした集魚灯利用旋網(長谷川,1993)、そしてスケトウダラを対象としたトロール漁法における漁具回避動(張,1993)などの研究が報告されている。 本論文はマダイを主な研究対象として取り上げ、視力、視軸、視野に関して、生理学的手法と行動学的手法との両側面から視覚機能について検討を行った。この結果をもとに魚類の視覚機能と釣り漁法への応用について考察を行った。

1.緒言

 視力とは物体の細部を見分ける能力であり、1つの点または線を認める最小視認閾値と2つの点または線を識別する最小分離閾値とに区分される。視力は方向によって異なり、最も視力の優れる方向を視軸という。さらに視力は明るさや成長段階によって変化する。本研究ではマダイの視軸と最小視認、最小分離閾値による視力を求め、明るさと成長が視力に及ぼす影響について検討する。

2.魚類の視覚機能に関する生理学的検討

 BL 245mmと609mmのマダイ2個体について網膜を21部位に細分化し、それぞれについて光学顕微鏡標本により網膜上の錐体密度分布を求めた。両個体とも錐体最濃密部は網膜上後部に存在し、これよりマダイの視軸は前下方であることが示された。また、網膜上の神経節細胞の密度分布と水晶体移動方向を求めた。これら3通りの手法によって、マダイの視軸は前下方30-40°の範囲にあることが示された。続いて、錐体最濃密部位における錐体密度と水晶体直径からマダイの視力を求め、これが成長によりどのように変化するかBL 23-609mmの61個体について検討した。水晶体の成長は体長に対する相対成長と定義され、同様に視力も体長の増大に伴った向上がみられた。このことより、視力は水晶体の成長に主に支配されることが示され、BL23mmからBL200mmまで視力は0.05から0.20に急激に向上し、その後も緩やかに増加し続ける傾向が明らかとなった。

3.魚類の視覚機能に関する行動学的検討  

マダイの視軸を行動実験によって検討した。実験水槽(90×45×45cm)を飼育区画と実験区画に仕切り、中央に通過口を設けた。実験区画側に直径40cmの透明アクリル半球を設置し、この半球上の各部に合計33カ所の摂餌場所を設けることで、通過口から同距離異方向にある餌をマダイ(BL 85mm)に提示した。方向別に摂餌時間の比較を行うと、両眼視野内と考えられる左右方向の22.5度までの範囲と、左右の下方向の67.5度の範囲において短時間で摂餌する傾向が認められた。しかし、生理学的に求めた視軸である前下方は、吻端により生じる死角に入るため短時間の摂餌は少ないという結果となった。  続いて、学習実験から最小視認閾値による視力を求め、照度の低下が視力に与える影響を検討した。マダイ(BL 200mm)に報酬と罰を与えることで、正図形(黒丸あり)に対して接近、負図形(黒丸なし)に対しては回避する行動を学習させた。学習形成後、ターゲットまでの距離を1mとし、ターゲットの直径を10.0mmから0.9mmまで減少させて閾値の判定を行った。学習形成個体を用いて正図形と負図形の接近時間差について検定すると、十分明るい条件下(500 lx)では、直径1.2-10.0mmについては5%有意水準で差が認められたが、0.9mmでは差は認められなかった。これにより最小視認閾値を1.2mmとし、最小視認閾値による視力は0.24と求められた。続いて段階的に照度を減少た場合について同様の手法で視力を求めたところ、100 luxで視力0.19, 10 luxで視力0.15, 1 luxで視力0.10、0.1 luxで視力0.10と求められた。これにより求められた照度と視力の関係は、照度1 -500 luxの範囲では対数関数に近似された。また、0.1 -1 luxの低照度では薄明時に働く桿体が視力を補っていることが推察された。  

4.魚類の視覚機能と釣り漁法への応用  

マダイを対象とした底延縄漁業について視覚による釣り餌探知に関するモデルを考え、体長による選択漁獲について検討した。十分明るい条件下で、直径2 cmの餌についてマダイ大型個体(BL 504mm)は29.4mの距離で発見できるが、照度0.1-1 lx条件下ではこの距離は12.2mまで減少する。この餌をマダイ小型個体(BL 200mm)は明るい条件下で16.5m、照度0.1-1 lx条件下では6.9mの距離で発見できる。ここで、枝糸間隔が6.9m以下であれば、大小の個体の探知能力は同じであるが、間隔が広がるにともない小型個体の視覚による釣り餌探知の可能性は低下する。この仮定のもとに大小の個体が同密度に生息し、同じように視覚的な索餌行動をとる場合に、枝糸間隔による魚体選択漁獲の可能性について明るさと餌の大きさ別に検討した。