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赤道太平洋における熱帯不安定波の発生機構

太平洋の赤道域には、熱帯不安定波と呼ばれる非常に目立つ「波」が存在します(図1)。 熱帯不安定波は、波長約1000 kmの波で、熱帯太平洋の東部から中央部まで、赤道に沿って西向きに約0.5 m/sの速度で伝播し、図1のような海面水温をはじめ、塩分や流速などの変動としても観測されます。 熱帯不安定波は、エルニーニョ現象のような大規模な気候変動現象とも密接に関連することが知られており、赤道太平洋を特徴づける重要な現象ですが、その発生メカニズムはよくわかっていませんでした。

図1: 東部赤道太平洋における海面水温の分布。海面水温フロントの蛇行として熱帯不安定波が明瞭に見える(Chelton et al. 2000より)。

私たちは理論的なアプローチによって熱帯不安定波の発生メカニズムを調べました。 まず、上層と下層の二層海洋で、上層の強い東西流とそれに伴う上層厚の南北勾配だけを考える簡単なモデルで、線形安定性解析と呼ばれる解析を行いました。 その結果、海洋大循環モデルで再現された実際の熱帯不安定波(図2左)とよく似た構造や伝播速度を持つ不安定モード(時間とともに成長する波)が得られました(図2右)。

図2: (左) 海洋大循環モデルで再現された熱帯不安定波。(右) 線形安定性解析で得られた不安定モード。カラーが上層の厚さ、矢印が上層の流速を表す。

さらに、上層の層厚や東西流速を調節することで、渦位と呼ばれる基本的な物理量の構造を少しだけ変えて、再度、線形安定性解析を行いました。 すると、驚くべきことに、赤道のすぐ北(およそ1˚Nから3.5˚N)の渦位を一定にした場合にも、そのさらに北(およそ3.5˚Nから8˚N)の渦位を一定にした場合にも、この不安定モードは消えてしまいました。 詳細な解析の結果、図2右の不安定モードは、1˚~3.5˚Nの負の渦位勾配に捕捉されて東向きに伝播するロスビー波と、3.5˚~8˚Nの正の渦位勾配に捕捉されて西向きに伝播するロスビー波とが結合したものであることがわかりました。 これら二つの逆向きに伝播するロスビー波は、それぞれ西向きの南赤道海流と東向きの北赤道反流による移流効果を受けて相対的に位置が固定されることで、互いを増幅し合うことが可能となり、その結果、不安定モードとして発達するという仕組みです(図3)。

図3: 不安定モードを構成する二つのロスビー波。(左) 1˚~3.5˚Nの負の渦位勾配に捕捉され、東向きに伝播しながら西向きに移流されるロスビー波。(右) 3.5˚~8˚Nの正の渦位勾配に捕捉され、西向きに伝播しながら東向きに移流されるロスビー波。カラーが上層の厚さ、矢印が上層の流速を表す。各パネルの下部に示した矢印は、波矢印が各ロスビー波の固有位相速度、直矢印が背景流による移流、色付き矢印が両者の和を、それぞれ模式的に表す。これら二つの波が重ね合わさることで、図2右の不安定波となる。

最後に、この発生メカニズムの妥当性を、海洋第循環モデルによって検証しました。 3.5˚~8˚Nの正の渦位勾配は季節や年によらずほぼ一定の強さで存在するのに対し、1˚~3.5˚Nの負の渦位勾配は、熱帯不安定波が発達する夏から秋およびラ・ニーニャ年に大きくなるという顕著な季節・経年変動を示しました。 さらに、負の渦位勾配の強さと熱帯不安定波のエネルギーの時系列を比較したところ、前者が後者に1~2か月先行して非常に高い相関を持っていました(図4)。 この結果は、上記の発生メカニズムを支持するとともに、低解像度の海洋大循環モデルでも容易に再現可能な1˚~3.5˚Nの負の渦位勾配の強度によって熱帯不安定波の活動をパラメータ化できる可能性を示すものです。

図4: 熱帯不安定波のエネルギー(破線と右軸)と1˚~3.5˚Nの負の渦位勾配の強さ(実線と左軸)の時系列。


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