不安定な沿岸流の非線形発展

どのような条件で沿岸流が離岸するか?

沿岸水が海洋に輸送される条件は?

沿岸域で激しい水平混合が起こる条件は?


まず、人工衛星による日本周辺の海面水温を見てみましょう。

 
 
日本海、オホーツク海沿岸には岸に沿って暖流が流れています。どこでも同じように流れているわけではなく、
海岸地形に凹凸があるところで、暖かい沿岸水が外洋に輸送されている様子が伺えます。
日本海では、島根半島、能登半島、佐渡島付近です。オホーツク海では、知床半島〜国後島〜択捉島に
かけての海域です。
 
オホーツク海に注目してみましょう。宗谷岬から網走にかけての海域(ピンクの楕円で囲んだ領域)では、
巨視的にみれば、きれいに岸に沿って流れているように見えます。
時期は異なりますが、この海域での沿岸流の振る舞いをクローズアップしたものが、矢印の先にある図です。
これは、北海道大学流氷研究所の流氷レーダーのデータです。黒い部分が海面が露出している部分で、
白い部分が氷に覆われている領域になります。
ミクロ的に見れば、流れは宗谷岬から網走方向ですが、沿岸流は波打って上流側(宗谷岬側)に砕波している
様子がわかります。波のように崩れ、若干の外洋水を沿岸に巻き込みはしますが、
沿岸流を構成している沿岸水は沿岸付近にとどまっています。
 
一方、網走から先の下流側では、沿岸水は、外洋にかなり突き出していることがわかります。
 
宗谷岬から網走までの海岸線は素直で比較的直線的です。
一方、網走〜知床半島〜国後島〜択捉島にかけては、海岸線は入り組んでいます。
 
直線的な海岸線である場合、流れが不安定であるとすれば、その出現する擾乱は最大成長率不安定波のスケールになります。
オホーツク海沿岸の場合、そのスケールは小さいもので、20km程度です。
網走〜知床半島〜国後島〜択捉島にかけての凹凸のスケールは100km近くあります。これが擾乱のスケールを規定すること
になります。
 
このような海岸線の違いにより、沿岸流の振る舞いが異なる理由を理論的に調べたのが、一番最初の研究です。
 
問題を簡単にして本質を抽出するために、以下のような状況を考えます。
 
 
 
 
不安定とは、波の共鳴で起こるものなので、系に2つの波がある状況が、不安定が起こりうるミニマムの条件になります。
これは、3つの一様渦度領域が2つの渦度フロントで分けられているような流れに相当します。
 
下図は、沿岸流に出現する、最大成長率のスケールの不安定波の発展を追ったものです。
 
 
 
時間とともに、擾乱が増幅していることがわかります。しかし、いつまでも増大するのではなく、T=8.00で減衰に転じています。
増幅するか、減衰するかを決めるのは、2つの渦度分布の重心の位相関係です。
重心位置に局在した渦があると考え、それらが、どんな風にカップルしているのかに注目しましょう。
もともとのカップルから隣り合う相手にパートナーを替えて、減衰フェーズに入っているのがわかると思います。
これは、波の振幅の増大とともに、位相速度変化が生じ、2つの波の位相関係が変わることに起因します。
このように、波の振幅に応じて位相速度が変わる波のことを非線形波動と呼びます。
 
基本的な沿岸流は同じであっても、擾乱の波長が大きい場合にはどうなるでしょう? 
それを調べたのが以下の結果です。
 
 
 
 
もともとのカップルが添い遂げるため、振幅が増幅し、渦が形成されています。
簡単なモデル結果(左)と実際のオホーツク海での渦の形成パターンが酷似し、簡単な解釈で幹の部分は説明できることが分かります。
沿岸水は栄養塩が豊富な水ですから、そのような水がどこで外洋に放出されるのかを把握できれば、どの海域で基礎生産→漁場形成がなされるのか探るヒントになります。
 
さらに、理論的に興味のある方は、論文リスト(1) (47) (50)をご覧ください。
 
室内実験の定番である、KH(ケルビン-ヘルムホルツ)不安定も、沿岸流の不安定とエッセンスは同じです。
論よりは証拠、目にすることのできる大気のKH不安定の構造を見てみましょう。
下の写真では、左側にロールアップして崩れています。これは、宗谷岬〜網走間の沿岸流の挙動に似ていることが分かります。
鉛直面内の2次元場での渦度方程式を考えれば、沿岸流の不安定と物理は同じです。
このように、物理とは、統一的に”物の理(ことわり)”を理解する学問分野であることが特徴です。
 
 
 
 
これは、
C複雑なものを複雑なまま捉えるのではなく、単純に説明できること、
 自身が分かったという実感を目指す。
の一例です。
 
また、ロールアップの仕方から、流れが(風が)、どう吹いているのかも推定できます。
衛星で大局的に俯瞰して、基本的な概念の組み合わせで、エッセンスを知ることが理解できるかと思います。
これが、
A地球流体力学、海洋物理学の素養を大切にする。
D全体像を捉える力、問題設定力を高めることを重視する。
の一例です。
 
観測とは、一期一会です。やり直すことはできません。そこで、
B事前に見透しを立て、現場では海をよく観て観測する。
ことが大事になります。ノルマとして行う観測になってしまえば、発展はありません。モニタリングであっても目的意識が必要です。
 
 

 

JAMSTECに就職し、沿岸流や亜熱帯循環系など大循環に関わることがやりたかったのですが、(不幸なことに)
北極研究グループに配属になりました。
そこで、中緯度的に自身の北極海をやろうと考え、研究の軸に据えたのが、対馬海流、宗谷暖流と同じ沿岸密度流である暖かいアラスカ沿岸流の挙動と、その北極海盆域の大循環への取り込まれ方です。以下の図にそのエッセンスがあります。
 
 
 

北極海の暖流を追い求めた挙句、たまたま、海氷激減に遭遇し、その暖流が鍵を握ることに気づいたのが、その後の北極研究です。

大学に戻り、基礎的な海洋物理学と開拓者的な北極海洋学、気候研究をバランスよく進めてゆきたいと思っています。