鈴木 徹 特任教授
Special Professor
TORU SUZUKI

Back to Home

研究タイトル目次
  ➊ 過冷却が凍結食品の品質に及ぼす影響
  ➋ 食品の凍結・解凍時に起こる構造変化および水分移動挙動の解析
  ➌ ガラス化による酵素保護効果に関する研究
  ➍ 氷点下における複合素材系食品内における水分移動に関する研究
  ➎ 官能評による冷凍水産物消費者受容性の定量化に関する研究
  ➏ タラコ原料とその加工品質に関する研究
  ➐ アニサキス生存に与える凍結の影響に関する研究
  ➑ 凍結・解凍により生ずる魚肉筋肉組織構造変化に関する研究
  ➒ ヌマエラビルの凍結耐性機構の解明とその利用に関する包括的研究 ※科研費 基盤B(H27-H29)
  ➓ 生鮮の冷凍野菜・果実に関する研究
  ⓫ 生うに凍結解凍、及びフリーズドライ製法の研究 (根室市と種市漁業との共同研究)
  ⓬ 生鮮貝類の凍結・解凍時の品質変化に関する研究
  ⓭ 凍結保存中乳酸菌に影響を与える諸因子
  ⓮ 凍結濃縮における溶質の氷結晶への取り込み
  ⓯ 低温域における高濃度スクロース水溶液の物理化学的性質の検討
  ⓰ 冷凍にぎり寿司の次世代‐解凍技術に関する研究
  ⓱ 食品ロスの低減がライフサイクルでの環境負荷低減に及ぼす効果
  ⓲ 低温化におけるO/Wエマルションの安定性に関する研究


Research Theme 1
過冷却が凍結食品の品質に及ぼす影響


食品冷凍技術は食品のシェルフライフを飛躍的に延長できる一方、テクスチャー変化、脂質酸化、色調変化、タンパク質変性等の品質劣化が少なからず生ずる。これらの品質劣化のメカニズムは物理的または生化学的な要因が複雑に作用し,本質的な理解が難しいが,その大きな一要因として,凍結過程における氷結晶の生成と付随して起こる凍結濃縮が挙げられる.そのため,食品によっては,凍結解凍後の品質は,氷結晶のサイズ,その大きさ分布や空間的配置に大きく影響を受ける.氷結晶のサイズは凍結速度に依存するため,急速凍結によって微細かつ多数の氷結晶を生成させることが食品凍結において重要視されてきた. 一方で,凍結過程において偶発的に深い過冷却を伴うことがあり,その場合同条件下で凍結した食品中の氷結晶よりも微細な氷結晶が生成する。 (図1)

本研究室ではこの現象に着目し,深い過冷却を伴う凍結(以後過冷却凍結と呼ぶ)が、生成する氷結晶とそれに付随する品質劣化に及ぼす影響を体系的に把握することを目的とし、研究を行っている。また,この現象を理解し,制御することで新たな高品質凍結手法を確立出来ると考えられる。

■これまでの研究一例の紹介
緩慢な冷却によって、豆腐試料の過冷却凍結を実現し、試料中に生成した氷結晶形態の観察を行ない、従来凍結法によって生成する氷結晶との比較を行った結果、結晶形状および生成場所の分布に大きな違いが観察された。 従来凍結法は試料表面から中心に向かって細長い針状の氷結晶が生成し、試料内で氷結晶形状に分布が出来ていた。その一方で、過冷却凍結によって豆腐中に生成した氷結晶は丸みを帯びた微細な粒子状であり、試料内で均質な構造を持つことが明らかとなった。(図2) また、過冷却解消温度を変えた場合、過冷却解消温度が低いほどより微細な氷結晶構造を取り、(図3) ドリップ流出も抑制されることが明らかとなった(図4)。これらの結果は、過冷却凍結において、過冷却解消温度が低くなるほど氷核生成頻度が上がる
ことに関連すると考えられた。

Rika Kobayashi presen PDF: Effect of supercooled freezing methods on ice structure observed by X-ray CT http://www.ior.org.uk/app/images/pdf/174_Kobayashi.pdf


Research Theme 2
食品の凍結・解凍時に起こる構造変化および水分移動挙動の解析


一度凍結した食品を不適切に解凍するとドリップと呼ばれる水分が流出する。ドリップが多く出てしまった食品は見た目が悪く、食べると水っぽく、商品価値が未凍結品と比べ著しく低くなる。このドリップ流出現象は、凍結によって食品内の保水能( 水を保持しておく力) が低下することで起こる現象であるが、なぜ凍結によって保水能が下がってしまうのか?基本的には凍結時に食品内に氷結晶が生成することで食品に様々なダメージを与えるためである。
一に、氷粒が大きく成長することで、食品組織、細胞膜に物理的ダメージを与える。また、氷に取り残された畜肉や魚肉内のたんぱく質が凝集し、変性し水和能力が低下する。これ以外にも食品は氷結晶が生成することで様々なダメージを受け、結果、食品の保水能は下がり、ドリップ流出が起こる。 (下図右:マグロ魚肉中で大きく成長した氷結晶) このように、ドリップ流出現象には様々な要素が複合的に作用するため、どの要因がどれだけのドリップ流出に関わるのかということ、また食品内でどのような流出経路を辿って出てくるのかといったことなど、まだまだ解明されていない部分が多くある。
この研究では、ドリップ流出モデルを構築し、流出機構の詳細を明らかにすることを目的としている。現在行っている実験は、ドリップとなる水分子が食品内でどのように存在し、どのような動きをしているのかを解明するため、マグロ魚肉を研究対象とし食品内の水分子の動き方を、Pulse field NMR による水の 拡散係数測定を行い、制限拡散現象の変化を詳細に検討している。


Professor comment:凍結食品の解凍ドリップ流出は古くから知られている現象で、当然のように思われ、当然のように説明されて来ました。しかし、その本質は非常に複雑で、流出ドリップ量を定量的に再現性よく測定することさえ困難です。そのため、ドリップ流出を抑える方法も手探り状態に過ぎません。この研究は、ミクロな細胞レベルの水を抱える能力とは何か?を科学的に明らかにすることを目指しているもので、平衡論的な要素と、速度論的な要素を切り分けて研究を進めています。特に速度論的な側面から現象を理解する有力な手段として本研究室ではじめて利用しているNMRによる水分子の制限拡散の測定から得られる情報に期待しています。 単純なドリップ流出現象にも深い科学的謎が潜んでいるのです。


Research Theme 3:広島大学食品工学研究室:川井清司准教授との共同研究
ガラス化による酵素保護効果に関する研究


酵素は食品や医薬品に用いられています。例えば、食品では醤油やチーズ、医薬品で
は酵素製剤や抗生物質など、日用品では洗剤などに用いられている。中でも、医薬品においては、ワクチンなど、保存できる期間が短いために廃棄される場合が多々ある。酵素の長期保存ができれば、無駄なコスト・廃棄が抑えられ、不足しがちな医薬品の提供が可能になることが期待されている。
また、魚の鮮度を表す指標の一つとしてKi値が提案されている。これは、魚肉の鮮度低下に伴うATP関連物質(ATP、ADP、AMP、イノシン酸、イノシン、ヒポキサンチン)の含有量変化に着目したものである。しかし、これらの成分を現場で定量することは容易ではない。そのため、鮮度の簡易測定方法として、上記の核酸関連化合物の分解を触媒する3種類の酵素と発色剤とを紙に含浸させた鮮度試験紙の開発に期待が寄せられている。酵素を常温で安定に保存するには脱水(乾燥)する必要がある。一般に、酵素は熱に弱いため、 加熱乾燥ではなく、凍結乾燥が利用される。 しかし、一部の酵素は凍結乾燥でさえも損傷を被り、活性が著しく低下してしまう。鮮度試験紙に利用されるキサンチンオキシダーゼ(XOD)もその一つである。 凍結乾燥過程における酵素の損傷を低減するために、様々な保護物質の効果が検討されている。既往の研究によると、スクロースやトレハロースなどの糖類には、高い凍結乾燥保護効果があることが報告されている。更に、そこに高分子を加えることで、相乗効果が発揮される場合もあることが示唆されている。これらの作用メカニズムとして、ガラス転移や水置換などの効果が提唱されているが、これまでその詳細について十分に解明されてないのである。
本研究では、糖類や高分子を組み合わせた凍結乾燥保護物質により、XODの常温安定化を検討するとともに、それらの作用メカニズムを解明することを目的とする。本研究により、鮮度試験紙の開発だけでなく、その他の様々な酵素の安定化への応用が期待されている。


この研究は生体物質のガラス転移研究の成果を応用に生かす研究のひとつで、すでに国際特許「鮮度測定用試薬キット」(710-PCT;日本国JP出願番号2008-268871)として公開済みの内容を、さらに実用化に向けて研究を進めている。
この研究が発展すれば、昨今不足するワクチンや医薬の分野で成長目覚しいタンパク質製剤なとの常温長期安定化保存にも応用可能な技術になると考えられ、また、食品技術の位置づけとして、次々に開発される機能性食品の機能の長期維持においても、この技術が要求されることとなる。


Research Theme 4
氷点下における複合素材系食品内における水分移動


天ぷら、フライものなど、内部と外部の食品素材に極端な水分
含量の差がある食品では、時間とともに素材間で水分の移動が進行する。この様な食品内では水分の空間分布は非平衡状態であるため、凍結保管期間中においても水分含量の高い素材から低水分の素材への水分の移動が起こる。右の模式図に示すように、エビの天ぷらであれば、低水分である衣は、吸湿し、カリッとしたテクスチャーが損なわれる。 本研究では、このメカニズムの解明と抑制法について検討することを目的とする。初めに、マイナス温度域における素材間の水分移動速度の測定方法を確立し、その測定方法を利用して、測定環境温度や素材の違いによる水分移動速度の変化を調べつつある。同時に水分移動を防ぐことのできる疎水性フィルムについても検討している。


Research Theme 5
官能評による冷凍水産物消費者受容性の定量化


食品の価値に関係する情報は、感覚による情報と言語による情報に大別できる。 食品は、感覚情報から得られる品質により、価値が語られる場合が多い。しかし、品質が良いから、その食品に価値があるとは言えない。品質は食品の持つ価値の一部でしかない。これは冷凍食品からもわかることである。実際は図の右側に示す。言語情報も加えて食品全体の価値は評価されている。すなわち食品の価値は感覚情報による評価と言語情報による評価を合わせたものである。一般的に消費者は「生」と聞くと「鮮度が良さそう、おいしそう」といったイメージを持つことが多く、一方で、「凍結、解凍品」には、「安い、水っぽい」とマイナスのイメージを持つ傾向があり、品質的には問題なくとも、生産者、流通関連業者もそのイメージに追随せざるを得ない状況が続いている。本研究では水産物を対象に冷凍解凍品と、未凍結品に対して人の感覚による、官能評価試験とWTP(支払意思額)調査法を組み合わせ、消費者受容性について検討している。現在の発達した冷凍技術を用いた場合、凍結解凍品と未凍結品の差を消費者は、はたして認識できるか否かについて、科学的検証がされてこなかった。研究を通して冷凍品の価値が再認識されれば、鮮度低下が早く、収穫量変動、価格変動の激しい水産物を積極的に冷凍保存することで安定供
給を図れ、計り知れないメリットが期待される。



Research Theme 6 (現在中断中)
タラコ原料とその加工品質に関する研究


「たらこ」はスケトウダラおよびマダラ卵巣の塩漬けを指すが、主にスケトウダラ卵巣が用いられ、現在その約9割が輸入であり、残りの1割は日本近海産である。近年、外国産原料卵巣はすべて凍結状態で輸入され、凍結までの過程は船上で行われる。 その後、各製造業者によって、未加工のスケトウダラ卵巣は成熟度により3~4段階に区別、加工される。 全体の一割程度の日本産スケトウダラ卵巣の中には漁獲から加工まで一度も凍結されていないものがあり、良品質であるという市場における評価がある。また、スケトウダラ卵巣の成熟度で品質が変わるという経験があるものの、スケトウダラ卵巣の成熟度と呈味の関係に対する科学的知見は少なく、かつ凍結卵巣の凍結速度や貯蔵条件が及ぼす品質への影響について研究されてこなかった。 本研究では、「たらこ」の原料、すなわちスケトウタラ卵巣の成熟度の違い、凍結貯蔵条件の違いが、統計的官能評価に及ぼす影響、また化学的呈味成分量に及ぼす影響、さらに卵の形状など物理的状態に及ぼす影響について検討している。
下の左写真は,包装後のスケトウダラ卵巣である。左側のピンク色の卵巣がスケトウダラ卵巣の成熟状態が適熟といわれるもの(真子)、右側の紅色の卵巣は,未熟なスケトウダラ卵巣(ガム子)である。下中央と右の写真は卵粒で、中央が凍結貯蔵6か月後のスケトウダラ卵、右が未凍結のスケトウダラ卵。


Professor comment:タラコ、メンタイコはよく見かける食材ですが、食品科学的には特殊な食材であるといえます。タラコ、メンタイコの味や食感については、未知なところだらけです。タラコを食すとき我々ははたして卵の中身の味を味わっているのでしょうか、卵粒の多くはただ飲み込まれているのかもしれません。卵粒が壊れたときに中身の味成分を味わうことが可能になります。 また舌触りやツブツブ感は冷凍解凍でどのように影響されるのか、壊れたときに流出呈味成分はどのように変化するのか・・さえ、明確に知られていません。 本研究は動植物組織が冷凍解凍されたときに流出するドリップ、あるいはエキス成分抽出の一つのモデルであり興味深い対象です。


Research Theme 7 (現在中断中)
アニサキス生存に与える凍結の影響に関する研究


青森県八戸港で水揚げされるサバは県内でも主要な魚種であり、比較的脂がのっていることで知られている。近年冷凍技術の発達により、高品質な冷凍サバを製造することが可能となってきた。サバは生食されることがあるが、その際には安全上のリスクが存在する。サバには寄生虫の一種であるアニサキスの幼虫が寄生しており、アニサキス幼虫が寄生しているようなものを人が食べることで腹痛などを伴う食中毒が引き起こされることがある。魚体内に存在するアニサキス幼虫を死滅させる有力な方法として冷凍処理が挙げられ、冷凍によるリスク低減について様々な研究が行われてきている。しかし、アニサキス幼虫の死亡と冷凍の関係については不明な点が多い。また、魚体内に存在する幼虫を死滅させる条件については、魚体の大きさや保管形態により左右されることが推測される。
この研究ではアニサキス幼虫の死滅と冷凍の関係を明らかにすることを目的とし、現在は、アニサキスを示差走査熱量計(DSC)にかけ、アニサキス幼虫体内の氷核生生成と幼虫の死亡の関係を評価している。また、サバ体内に存在する幼虫の死滅条件に付いても検討している。


竹内萌:アニサキス亜科L3幼虫の生存に与える凍結の影響 (日本冷凍空調学会論文集, 2015年5月号に掲載)
アニサキス亜科線虫L3幼虫の生存に与える凍結および脱水の影響を検討した。冷却速度1℃/minに設定してDSC(示差走査熱量計)中で-20℃まで冷却すると、死亡および凍結しているものはなかったが、幼虫の温度を過冷却解消点より1℃低いところまで冷却すると生存しているものはなかった。故にL3 幼虫はその体内でひとたび氷核が形成されると死亡することが示唆された。L3幼虫は周囲の培地が凍結後、それ自体も直ちに凍結した。10%および23.3%のNaCl溶液に浸漬すると、浸漬24時間後に生存率が10%以下まで低下した。マサバのフィレーではさみこんだ状態もしくはセミドレスの腹腔内に放置したL3は、-20℃で90分凍結後に-20℃もしくは-60℃で保管すると、保管24時間後に生存しているものは見られなかった。


Research Theme 8:一部、ぐるなび総研との共同研究 (終了)
凍結・解凍により生ずる魚肉筋肉組織構造変化に関する研究


生鮮魚肉は凍結・解凍することによって軟弱化し、ドリップが出てくることがよく知られている。しかし、その原因については、これまでにも多くの説が立てら れて来たが、いずれも現象を満足に説明するものではなかった。 凍結中に魚肉筋肉組織で何が起きているのか? また、それらが解凍後の肉質にどのように影響しているの か? これらを解明するために、凍結中および解凍後の魚肉筋肉組織について組織学的・生化学的研究を行った。  

下の画像は、ぐるなび総研との共同研究の一環でマグロの筋肉をビブラトームにより生のままで100ミクロン以下の薄さで切り出し、直接、凍結解凍の様子を偏光顕微鏡で捉えた画像で、世界でも例を見ないものです。 筋肉は規則正しい方向性をもっているため偏光では光って見える。冷凍研究の黎明期1940~50年代に、イギリスグループとノルウエーグループとの間で魚肉の凍結ダメージについての論争が起こり、論争の結果、イギリスグループの説が主流になり、それ以来、急速凍結は細胞内凍結、緩慢凍結では細胞外凍結を起こすとされてきたのである。 本研究は、そこにさかのぼる研究で、現代生命科学の手法を取り入れ、また、新しい顕微鏡システムを使い、冷凍の根本から見直すための研究といえる。

【新鮮マアジ肉 蛍光顕微鏡観察】
組織学的研究の一例として、筋細胞膜基底膜の免疫染色を行った結果を紹介する。 実験には新鮮なマアジを使用した。 左像が凍結前、右像が凍結後の筋肉組織観察像で、緑色に明るく光っている部分が基底膜である。凍結後の組織では、氷結晶が細胞内で成長し細胞1つ1つの形が大きく歪んでいる。この結果から、新鮮な魚肉を凍結させた場合には細胞内部での氷結晶生成が起こりやすいのではないかと推察される。


Research Theme 9:科研費 基盤B(H27-H29)
ヌマエラビルの凍結耐性機構の解明とその利用に関する包括的研究


2007年10月頃に京都府の用水路で捕獲したクサガメchinemy reevesiiを-90℃のフリーザー内で凍結保存し,6ヶ月後に解凍したところ,クサガメに寄生していたヌマエラビルOzobranchus jantseanusが蘇生して活動を始めたという報告があった。


これまでに,低温環境下でも生存可能な生物に関して多くの研究が行われているが,-90℃という低温下で6ヶ月もの長期間生存可能であったという動物の研究報告例はほとんどない。本研究では、クサガメchinemy reevesiiに寄生するヌマエラビルの特異的な耐凍性に着目し,その耐凍性限界の把握,およびそのメカニズムの解明を目的としている。
PLOS ONE 電子版2014年1/22掲載:A Leech Capable of Surviving Exposure to Extremely Low Temperatures
「耐凍性を持つヒル( 環形動物) の発見」


Research Theme 10
生鮮の冷凍野菜・果実に関する研究


生鮮農産物は、凍結・解凍処理によってドリップの流出、組織軟化(テクスチャーの低
下)、 酵素反応などを起こし、著しく品質を低下する。そのため、生鮮農産物の“シャキッ”とした本来の食感は、最先端の凍結・解凍技術を屈しても失われてしまうため、現在、凍結・解凍後の生鮮農産物の生用としての利用は難しい。本研究室では、これらの品質変化を抑制できる凍結技術の検討、および、凍結処理によって起こる品質変化の原因解明を行うことで、凍結・解凍しても生の生鮮農産物近い食感をもつ凍結生鮮農産物の開発を目指している。
これまでの研究一例の紹介【凍結・解凍処理による生鮮農産物の組織軟化メカニズム】 生鮮農産物の"シャッキ"とした食感は、凍結・解凍処理により失われる。 これまでの研究より、NMRによる測定やテクスチャー測定(A図)を行うことで、生鮮野菜の"シャッキ"とした食感は、その構造を構成している細胞壁と細胞膜という2つの部位の性質によってもたらされていることを確認した。


【イチゴの凍結・解凍処理による組織軟化抑制方法の研究】
既往の多くの研究では、凍結解凍による細胞壁へのダメージを抑制する方法を検討しており、細胞膨圧による張りに関する細胞膜へのダメージについて未検討なことに着目した。 その結果、NMRでの水の拡散測定、テクスチャー測定より、イチゴにおける細胞壁・細胞膜への凍結解凍ダメージの評価方法を確立した。その評価方法を用い、イチゴにおける凍結解凍後の組織軟化の最大の原因は、やはり細胞膜の変化であることが示唆された。また、これまで既往の研究により報告されてきた、凍結解凍後の組織軟化抑制に有効的とされてきた前処理方法は、すべて細胞壁の変化を抑制する効果はあるが、細胞膜の変化を抑制する効果はないことが明らかになった。現在も引き続き、凍結・解凍処理により細胞膜の変化を抑制する凍結・解凍条件や前処理方法について検討している。
実験:イチゴの細胞切片の凍結・解凍による構造変化
結果:イチゴの氷結晶サイズは、凍結速度により異なることがわかった。(光学顕微鏡でのイチゴ切片の観察)



Research Theme 11:根室市と種市漁業との共同研究
生うに凍結解凍、及びフリーズドライ製法の研究


生ウニは鮮度低下が早く保存性が低いことが問題となっている。ウニは、さばいた後しばらく放っておくと、身の流れ(溶け)が起こる。現在、生ウニの多くは、流れ防止のため、ミョウバンに漬けて板に乗せた板ウニと呼ばれるものと、塩水に漬けた塩水ウニと呼ばれるものの2種類の形態で流通が行われているが、どちらも日が経つと流れが起こり、商品価値が著しく低下してしまう。このように劣化速度が速いことは、水産物の一般的な特徴であるが、その多くは冷凍することによって長期保存が可能となる。しかし、ウニの場合、凍結-解凍によって身が流れ、溶解した状態となることがさけられない。これは超急速凍結を行っても解決できない問題であり、その理由は全く解っていない。元来、ウニの身は柔らかいため、身崩れを防止するために、加熱や加圧処理、塩水漬けの処理を用いる事例もあるが、「生ウニ」は品質的に異なってくる。生ウニを上手く凍結、解凍することができれば、遠隔地への流通や周年出荷が可能となる。
本研究では、凍結過程・解凍過程がウニ卵巣の品質に及ぼす影響をドリップ測定、細胞構造の変化の観察など科学的な手法によって調べ、なぜウニ卵巣は凍結解凍に弱いのか、なぜ流れが起きるのか、という理由を追究している。この知見を元に、脱水凍結などの方法を試みて、生ウニを高品質で凍結-解凍するための方法を探っている。
(下記写真:脱水シートで拭き取ってから-80℃保存2℃解凍 脱水シートを引いて-80℃保存2℃解凍 )


       また、復元性のよいウニのフリーズドライ製法に関する研究にも着手した。


Research Theme 12
生鮮貝類の凍結・解凍時の品質変化


特にここ最近、海外では、“日本食ブーム”が巻き起こっており、海外で日本から輸入した刺身や寿司を食べることができる日本食レストランが急増している。おそらく“寿司”を知らない外国人はいないだろう。これは、日本における凍結・解凍技術の進歩の賜物であるといえる。近年は、マグロなどの魚肉の凍結・解凍技術は進歩し、比較的どこでもおいしいマグロの刺身を食べることができており、魚肉の凍結・解凍技術は確立されつつある。しかし、その一方で、未だに貝類の凍結は、凍結・解凍による品質劣化が激しいため、困難とされる。市場に出回る冷凍貝類は、技術的に未熟なものが多い。
食品冷凍学研究室では、宮城県名取市閖上港で漁獲される高級食材である”赤貝”において、殻を除去し、過冷却凍結を行うことで、未凍結品に近いレベルまでに品質を向上することに成功している。現在は、貝類のなかでも、冷凍が難しいとされているカラ付き牡蠣に着目し、凍結・解凍による牡蠣の品質変化について、食感アミノ酸分析などを用いて研究を進めている。


Research Theme 13
凍結保存中の乳酸菌に影響を与える諸因子に関する研究


微生物の保存には、通常、凍結保存が利用されている。
しかし、微生物の種類が異なると、凍結耐性や生残率が異なってくる。 ヨーグルトなどの発酵乳製品を製造する際、スターターと呼ばれる乳酸菌の塊を牛乳の中に投入する。この乳酸菌の塊を凍結保存する技術の高度化、すなわち、生残率向上が求められている。微生物の凍結保存や凍結耐性に関しては、従来から非常に多くの研究が行われている。それらの既往の研究によると、凍結耐性に影響を与える因子として、菌種、凍結保存温度・凍結貯蔵時間などが挙げられる。なかでも、冷却速度の影響がより大きいことが一般的に知られている。
 本研究では、凍結時に乳酸菌が死滅する決定的原因が何かについて追究している。特に、凍結過程における凍結濃縮に焦点を絞り、凍結濃縮の段階で、乳酸菌が浸透圧の影響によってどのようなメカニズムで死滅に至るかについて研究を進めている。 本研究を達成することで、生残率向上に寄与し、発酵乳製品の生産効率の向上、 コスト削減に繋ると期待される。下図:冷却速度と細胞内外凍結⇒乳酸菌においては細胞外凍結による濃縮に伴う脱水が細胞膜に対するストレスを与え細胞死滅をもたらす。細胞内凍結はなくとも大幅な菌数減少をもたらしている。
試料として用いている乳酸菌:
Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus


Research Theme 14 (現在中断中)
凍結濃縮における溶質の氷結晶への取り込み


凍結濃縮法は最も高品質な製品が得られる濃縮方法であると言われている。コストが高いため普及していない。そこで新しく考案された、単純なシステムである界面前進凍結濃縮法によりコスト低減の可能性を探っている。また、さらに濃縮効率を高めるための条件の探索も行っており、このため、結晶粒界(氷結晶同士の隙間)の可視化により、溶質の取り込みのメカニズムを研究している。この界面前進凍結濃縮法は液状食品だけでなく、排水処理、低温晶析、深層水処理などの分野への応用も期待されている。














Research Theme 15 (現在中断中)
低温域における高濃度スクロース水溶液の物理化学的性質の検討


マイナス温度域におけるスクロース水溶液中の水分子の拡散挙動はアイスクリームなどの食品のモデルとして使用される。しかし、マイナス温度を含めた低温・凍結点以下の温度域におけるスクロース水溶液の物理化学的性質は、未だ不明な点が多い。 本研究では、凍結濃縮相における高濃度スクロース水溶液の物性の理解を目的に検討を行っている。
[スクロース溶液内の水分子の自己拡散係数の測定]
PFG-NMRを用いた高濃度スクロース水溶液中の低温域における水分子の自己拡散係数の測定より、その温度依存性を解析した。すなわち、得られた自己拡散係数を用いてアレニウスプロットし、図1に示す様な低温域におけるスクロース溶液の活性化エネルギーEと頻度因子Aを求め、その結果、濃度が40-50%の間でスクロース水溶液の活性化エネルギー、頻度因子の値に急激な変化が生じることが確認された。本研究の結果は、濃度に依存したバルク水溶液の内部分子ネットワーク構造変化を捉えていると推察できる。 今後, X線回折測定・ラマン分光などミクロな視点から検討を行うことで、その変化を明瞭に示すことができ、スクロース水溶液のバルク溶液としての溶液構造変化に関する知見が得られると考える。


Research Theme 16
冷凍にぎり寿司の次世代‐解凍技術に関する研究


多くの冷凍食品が流通する中でも、ネタとシャリが一体化した冷凍にぎり寿司はほとんど流通していない。なぜなら既存の冷凍にぎり寿司は、解凍に長時間を必要とする上、にぎり寿司本来の品質に復元できているとは言えないからだ。冷凍にぎり寿司の解凍終了温度が高いとネタは煮え、低いとシャリがボソボソになる(白蝋化現象)など、解凍中の時間・温度制御がきわめて困難である。本研究では、先ず今まで漠然とした「にぎりたて」の寿司の美味しさを生みだす温度を官能検査により調べ、シャリは人はだ、ネタはヒンヤリの温度差が重要なことを明らかにした。その温度条件を満たすようにに電子レンジによる短時間高品質解凍技術を科学的な根拠をもって開発を試み、実用化に見通しが得られた。
今後の研究で、ネタの種類追加等により日本食文化の更なる海外展開にも繋げる計画である。


■鈴木徹, 水越智穂, 小道勇志, 冷凍寿司の解凍方法および寿司の製造方法, 特開2017-23145(2016).


Research Theme 17
食品ロスの低減がライフサイクルでの環境負荷低減に及ぼす効果


日本の食品ロスは、約500~900万トンあると推定されており、日本に仕向けられている農林水産物の約5~10%に値する。
このように食品ロスが発生している一方で、食品が生産されて廃棄されるまでの過程には、多くのエネルギーがかかっている。食べ物が消費者によって消費されることなく、廃棄されてしまった場合、その食べ物を製造・輸送するために要したエネルギーは全く無駄なものとなってしまう。つまり、“食品を廃棄すること=エネルギーを廃棄すること”であり、食品ロスは“モッタイない”といった感情論で語るのではなく、環境問題と直結したエネルギーロスを考慮しなければならない。
食品ロスを減らし、農林水産物を有効活用するための手法、すなわち、シェルフライフを向上させる手法として最も有効的と言われている手法は、“凍結保存”である。凍結保存には、環境負荷が多くかかるが、シェルフライフを長く保つことができるため、結果的に食品ロスの低減につながり、環境負荷が小さくなる可能性がある。

一方で、一般的に、消費者は生(未凍結品)に対して、“鮮度が良さそう、美味しそう”といったプラスイメージを持つことが多いが、凍結、解凍品に対しては、“安い、水っぽいといったマイナスイメージを持つ傾向にあり、情報のみが先行されてしまう。また、商品の品質(価値)が反映されない傾向にあるため、商品の品質(価値)を科学的に判断する必要がある。
本研究では、生(冷蔵)と凍結水産物の生産から流通、消費に至るまでの環境負荷の定量化を行うとともに、科学的に商品の品質(価値)を判断するための手法である官能評価試験を用いた水産物を対象に未凍結品と冷凍解凍品の品質(価値)の評価を行い、凍結技術の有用性を示す。具体的な対象として、宮城県女川港で水揚げされたサンマが都内のスーパーに販売されるまでを仮定した。


Research Theme 18 (現在中断中)
低温化におけるO/Wエマルションの安定性に関する研究


マヨネーズ,ソース類に代表されるoil-in-water (o/w) 型の食品エマルションは、凍結-解凍によって分散した油滴同士の合一(coalescence) が促進され、油水の分離 (phase separation)を生じることでエマルション構造が崩壊することが知られている。この現象は主に凍結時に油脂の結晶が成長し、隣接した油滴間に結晶の架橋を形成することで引き起こされる乳化膜の物理的欠損に起因すると考えられている。 食品製造のプロセスではこの問題を解決されていない。。本研究では食品エマルションであるマヨネーズをモデルとしたo/wエマルションに関して、凍結-解凍プロセスでの油脂結晶化挙動を解明し、油脂種、界面活性剤等の要因に関連付けて食品エマルションの冷凍保存について検討している。

【研究一例】
下図:モデルマヨネーズの低温下での偏光顕微像。上段の写真は一般的なマヨネーズ、中段写真は大豆油を使ったマヨネーズ、下段 は菜種油を使ったマヨネーズ。上段と下段の油滴内部には油脂の結晶が白く見える。一方中断の大豆マヨネーズの油滴内部には結晶が見られず、油滴の表面に球状と思われる結晶が見える。
①:油脂種がエマルションの凍結安定性に及ぼす影響 低温生物工学会誌 掲載済み(下の左・中央・右図)


②:大豆油マヨネーズと菜種油マヨネーズの凍結解凍時の分離度比較
大豆油で作成したマヨネーズは凍結後にもほとんど分離が見られず、高い安定性を示した。これは、先に示した油滴の内部にできる油脂結晶の形が異なるためであると考えられ, 菜種油では棒状の結晶、大豆油では油滴表面に膜状に結晶が析出している。
右図:大豆油(soybean oil)で作ったマヨネーズと菜種油(Canola oil)で作ったマヨネーズの凍結解凍時の油分離度の比較

③:大豆油エマルションの内部にできる偏光十字結晶の謎
大豆油を油相に使用したエマルション試料の偏光観察像を下左図に示すが、油滴表面に形成した結晶は油滴表面全体に均一に光るのではなく、上下左右を除く斜め十字方向に強く光る部分が生じている。このような現象は球晶といわれる結晶構造を偏光下で観察したときに通常見られる光学像に類似している。球晶とは、結晶となっている分子の配向が中心部から表面方向に放射上に並んでいる結晶構造をいう。
下右図には大麦でんぷんの典型的な球晶からの偏光像を示すが、このような球晶の偏
光像は明部と暗部が交互に入れ替わり、結晶内に暗部が 90度周期で現れ、十字模様を
作ることから「偏光十字」と呼ばれる。 

【今後展開】
低温下におけるエマルションの安定性に関して、「油脂種のみならず、界面活性剤の影響についても検討する。特にそれらが油脂の結晶生成パターンに与える影響と関連つけてエマルション崩壊の科学的メカニズム解明を目指す。


▲ページトップへ戻る