食品冷凍学について
食品冷凍学研究室は、凍結・貯蔵・解凍、過冷却・最大氷結晶成生帯・チルド、フリーズドライ・凍結濃縮・ガラス転移、品質評価・コールドチェーン・シェルフライフ、地球環境・LCA・低温輸送、食品の冷凍に関係するあらゆる問題と向き合い、多角的に研究し、技術開発を行っています。
食品冷凍学の基本原理
食品を「冷凍する」とはどういうことか、その根本原理について考えてみましょう。食品を冷凍する理由、それは品質低下を防ぐためです。食品の品質低下を防ぎながら保存するには、微生物による食品の腐敗や、化学反応による栄養素・色・味・食感の変化から食品を守る必要があります。なぜ食品の品質低下が起きるのか。その原因を整理すると、1.化学反応, 2.酵素の作用, 3.微生物の増殖, 4.水分蒸散 の四点にまとめることができます。 品質低下を防ぐには、こうした原因をすべて取り除かなくてはなりません。 これは大変に困難なことのように感じられますが、実は原理的にはとても簡単で,温度を低下させればよいのです。 温度とは簡単にいえば物質を構成する分子の運動エネルギーのことです。 この基本原理にしたがって、物質の温度が下がると分子運動が緩慢となり、逆に温度が上がると分子運動が盛んになるのです。 食品の温度をある一定の温度まで下げれば、化学的、酵素的反応は遅延、あるいは停止させることができます。 微生物は死にはしませんが活動が停止しますので、微生物の増殖による劣化は完全にストップします。 水分子の運動性も低下しますので、水分の蒸散も抑制できます。 食品を冷凍することで品質低下を防ぐということは、こうしたメカニズムによって成り立っています。 温度を下げれば下げるほど、食品の品質低下は起こりにくくなるのです。
研究の目的
氷点下にまで温度を下げると、食品内に氷結晶が生成し、これが食品に様々なダメージを与えてしまいます。少なくとも氷点下くらいにまでは温度を低下させないと長期保存は望めませんので、何とかして氷結晶によるダメージを小さくしなてくはいけません。これを実現する技術が完成すれば、食物を含む様々な生物や組織、細胞等を低温にすることで、生命維持(鮮度維持)が可能になります。ではどのように凍らせればよいのでしょうか。凍らせ方にもいろいろあります。例えば寒い冬の夜、気温が-5℃くらいだったなら外に出しておくだけでも食品は凍ります。 しかしこれだと、氷の再結晶化が速く進むため氷結晶が大きくなってしまい、解凍したときに食品がグチャグチャとかパサパサになってしまって美味しくありません。 氷の結晶をもっと小さくするためにはどうやって凍らせれば良いでしょうか? また、同じ方法で凍結させたとしても、肉と魚では筋肉線維の構造が違うので、中の氷のでき方も変わってしまうのではないでしょうか? さらに上手に凍結できたとして、その後はどのように貯蔵して、どのように解凍すればよいでしょうか? このように食品を凍らせたとき、中の水分や物質がどう変化するかを研究し、どのように凍結・貯蔵・解凍したら美味しく食べられるのか?を科学的に考えていくのが食品冷凍学という学問です。
冷凍のメリットと実用例
日本人はマグロを生で食べるのが大好きです。お刺身やお寿司にマグロは欠かせません。しかしマグロは日本近海ではあまり獲れません。 大西洋やインド洋などで獲れたマグロを遠く離れた日本で生で食べられるというのは、実は凄いことだと思いませんか? これを可能にする唯一の保存法が冷凍なのです。冷凍とは数ある食品の保存方法のなかで最も優れた方法です。 他の保存方法としては、レトルト食品や缶詰などのような密封してから殺菌するという方法と、乾燥によって水分含量を低下させる方法、塩や砂糖に漬け込む方法などがありますが、どれも加熱変性などによる変質が原理的に避けられないため、喫食時に生の状態に復元するということは不可能です。 冷凍保存ならば、温度を十分に低く保つ限り、長期間の保存が可能で、多くの食材は利用時に保存直前に近い状態に復元できるのです。 このため、特に劣化の速い魚介類の保存には欠くことのできない方法であり、常に美味しいお刺身を楽しめるのは冷凍、冷蔵技術あってのことです。 原理的には化学的保存料を必要としないので、きわめて安全な保存方法でもあります。 また、食品の品質を低下させずに長期保存できれば、食糧の備蓄と長距離輸送が可能となります。 これにより食糧資源の需要平準化と広域供給の実現が達成できれば、すでに人類の生存を脅かしつつある資源, エネルギー, 環境問題の解決にも大きく貢献することでしょう。 さらに最近では保存だけでなく、凍結を利用したいろいろな食品加工法(凍結濃縮, フリーズドライなど)が開発され、食材本来のフレーバーを損なわない加工食品が実現されています。
今後の課題
世界で初めて食品の冷凍を行ったのは、1855年、オーストラリアのJames Harrisonと言われています。 それから150年以上の長きにわたって冷凍技術の研究開発が続けられた結果、現在の食品冷凍技術はかなり高い水準にあると言えます。 しかし、冷凍技術はまだ決して完璧というわけではありません。生野菜は冷凍するとなぜ萎れてしまうのか、こんにゃくは冷凍するとなぜ崩れてしまうのか、など良くわかっていない未解決の問題が山積みです。 あらゆる食材の冷凍保存が可能になれば、持続的発展可能な社会の構築に大きく貢献します。 そのためにさらなる原理の解明や技術開発の推進が強く求められています。 また食品冷凍は多様な科学や技術の組み合わせであり、物理学, 化学, 生物学などの基礎科学から機械工学, 伝熱学, 物質科学, さらには最先端の分析技術など、様々な学問分野が関係します。 これらあらゆる現代科学の知識を総動員して、食品や生物が凍るとはどういうことなのか、について探求しています。